「はじまりのゲーム」世界史ゲームWorldEmpiresで第一ターンにあらわれる帝国と遊牧民族【歴史の始まり】

ヒストリーライクゲーム「World Empires」では将棋のように「手番」単位でゲームを進めていきます。

将棋とは違いプレイヤーは「数人」必要ですが、それぞれが「一回の手番」を終わると「1巡(1ターン)」が終了します、これを「エポック(時代)」と呼びます。

【ウル】シュメール人の都市ウルの中央にあった神殿は今も残る、世界の文明はここから始まった。今回の画像はすべてWikipediaからお借りしています。

 

 【第一エポック世界帝国と遊牧民族】

「各エポック」に世界地図を彩った勢力を8つずつ、それぞれの時代に現れた遊牧民族が4つずつ選抜されています。

これらの帝国を拡大してより多くの領土や富を得ることがこのゲームの目的になります。

 

第一エポックは「メソポタミアの時代」です、世界初の文明がメソポタミアに誕生しそことの各地域の「作用」で世界史が物語られる時代です。

実際の歴史では紀元前9000年から紀元前500年ごろです。

【セネトを遊ぶネフェラト】この時代にはすでにバックギャモン(盤双六)のようなゲームが遊ばれていたと考えられている。

第一エポック(紀元前9000年~紀元前500年)の「世界帝国」は以下の8勢力です。

この時代は僕らの印象で「古代!!」というイメージの強い勢力が揃っています。


【世界帝国】

  1. シュメール    【2/0/1】    中東(ギルガメシュ)
  2. エジプト    【3/1/ 1】    北アフリカ(スネフェル)
  3. ドラヴィタ    【2/0/1】    インド(?)
  4. アッシリア    【2/1/1】    中東(トゥクルティ・ニヌルタ)
  5. バビロニア    【2/1/1】    中東(ハムラビ)
  6. 殷→周    【2/0/1】    中国(姫発(武王))
  7. ギリシア    【4/1/3】    南ヨーロッパ(ペリクレス)
  8. オルメカ    【2/0/0】    中米(?)

カッコ内は【活力/軍事力/商業力】という形で国の能力を示しています。

「活力」の数だけコマがもらえます、国の基本的な「拡張力」のベースになる力です。

「軍事力」は戦争に対する力、「商業力」は商売の力です。


【遊牧国家】

  1. ヒッタイト    【+1/2/-】        (ムワタリ)
  2. スキタイ/匈奴    【+1/3/-】        (イダンテュルソス)
  3. アーリア   【0/2/-】        (ザラスシュトラ)
  4. 海の民    【+1/2/-】        (?)

 

【第一エポック世界帝国の解説】

各帝国の詳細な説明を行います。

ウルのロイヤルゲーム】美しいゲーム盤がウルからは発掘されている。


■シュメール■

紀元前9000年頃、移住してきたシュメール人が農耕を初め、紀元前2700年頃にウルやウルクといった都市国家が繁栄し隆盛を極めた。ジッグラトを立て都市の守護神を信奉した。

紀元前3500年頃に楔形文字を使い始めた。都市の建造、文字、商業、農業、牧畜、天文学、暦造り、酒造り(ビールやワイン)などを初めたため、人類文明の始まりを担った人々とされるが不明な点も多く、「とりあえず昔の史跡が出てそれがシュメール以前であればこれはシュメール人のやった事にしよう」というある種の「人類史の起源」のワイルドカードでもある。


■エジプト■

紀元前5000年頃に定住をはじめた人々が農耕を初め、ナイルの恵み(ナイル川の定期的で穏やかな氾濫)によってメソポタミアとライバル関係になるまでに興隆した。

紀元前3500年頃からエジプト各地に乱立していた都市国家群が3000年ごろに統一された。

3500年頃からヒエログリフ(神聖文字)を使い始める、教育を受け文字と計算を修めた「書記」は厚遇され農地の面積から税の割り当てを決める役割を持つ「国家官僚」であった。

メソポタミア(シュメールやバビロニア)と交易をもち、様々な影響を受けている、エジプトの統一もメソポタミア(ヒッタイト・アッシリア)からの脅威に備えるためと考えられている。


■ドラヴィタ■

紀元前2600年から紀元前1800年の間で興隆した。

インダス川とガッガル・ハークラー川(現在は消失)の周辺に栄えたとされている文明で、ドラヴィタ人が担ったと考えられています。

有名な遺跡であるハラッパー、モヘンジョダロは彼らの都市の跡だと考えられている。衰退の理由は不明だが、巨大な地殻変動で耕作、水運が停止したため衰退し、後のアーリア人の侵攻を受けたと考えられている。

【モヘンジョダロ】


■アッシリア■

紀元前2000年頃から国家の体を作り始める。

初期においてはメソポタミアの強力な帝国(シュメール人のウル第三王朝やバビロニア)の覇権下にあったが、強力な中央集権体制を構築し、紀元前1400年ごろから興隆した、歴代の王は「幕営で暮らすほうが長かった」とされるほど戦いにのめりこんでいた。

紀元前1000年頃新アッシリア王国は中東の大部分とエジプトを制覇するまでに発展した。以外にも商業とその通商ネットワークが強く、上記の中東やエジプト支配は武力に拠るものであったがそれを支えるインフラも注目された。


■バビロニア■

勢力としての確立はアッシリアより早く、紀元前2000年ごろにはすでにシュメール人の文化圏の南半分を支配し古代バビロニアを確立していた。

世界で2番目に古いハムラビ法典を編纂した(「目には目を、歯には歯を」という言葉で有名で、与えられた損害と同等のものを加害者に加えるという法論理はわかりやすく有名)。

しかし、紀元前1000年ごろにアッシリアに征服される。

紀元前600年ごろバビロニアで勢力を持ったナボポラッサルが新バビロニアを建国し、その後中東を征服、古代の4強国の一角を担った(エジプト・メディア・リディア・バビロニア)。

ユダヤ人を大量移送した”バビロン虜囚”などで有名だが、この大量移住政策はアッシリアの得意技で、オリエントでは支配力の強化のために度々行なわれた(エジプトもユダヤ人を住まわせていた(恐らく当初は厚遇されていた「書記」として)がある時奴隷化しようとしてモーセの逸話である「出エジプト記」につながる)。


■殷→周■

紀元前1700年ごろ伝説の王朝である夏を継承した殷が成立、殷墟などの史跡は存在するため実在は確実だが規模は不明である。

紀元前1000年ごろから周が興隆する。伝説では武王が太公望や召公などの助けを借り、殷の紂王を打ち倒すことで生まれたとされる(この物語は封神演義としてマンガ化もされたので日本でも有名)。

周は古代中国で存在が明確な初期の王朝なので周をメインに置く。後に衰退し、紀元前770年ごろ首都を移転、以後東周と呼ばれる一王国になり、中国大陸は春秋戦国時代を迎える。

なぜ「放伐」した結果をまとめて扱うかというとあれだが、中国の「王朝交代」はルーティンなので「エポックな」王朝交代以外は「まとめて」処理する(禅譲だから良いというかというと実際はそうでもないし…)。


■ギリシア■

紀元前800年にはアナトリア半島の西岸からエーゲ海に至る勢力圏を確立していた。

当時は当然奴隷制であったが、奴隷を使役する事で生まれた有閑階級が生み出した「遊び」としての「学問」が発展した(ちなみに直接民主制とは言うが多数の奴隷に支えられた社会であった)。

ギリシアは哲学の祖、「世界のあり方」や「人は如何にあるべきか?」という答えを探そうとした。地中海世界において文化的な影響力は抜群で、ギリシア国家群が衰退した後もギリシアの学問や宗教は信奉され続けた。

ポリスという都市国家の中で直接民主制により国を治め、市民による直接的な税としての兵役でも有名、ギリシアの重装歩兵は士気(やる気)、装備において当時の世界では最強で、数では十倍を超えるのペルシアからの侵攻を退けている。

ただしギリシア国家群(ポリス)間で外交的に安定せず戦う前に敗退する事もたびたびあった。

ギリシア人は地中海全域に進出し、黒海沿岸、南イタリアやシチリアにも移住を行なった。

もっともイタリアのタラントや、シチリアのシラクサは”マグナ・ギリシア(大ギリシア)”とは呼ばれていたが、そもそも”本国”であるアテネやスパルタも厳密には統一国家を作ったことはなく、タラントやシチリアも強い交流を持っていたが独立していた。


■オルメカ■

オルメカ文明は紀元前1250年ごろから興隆を初め、メソアメリカ全域(現代で言うメキシコ)に広がった。

【ジャガー戦士】「へ」の字口がジャガーを象徴している。

巨石文明で、巨石人頭像が有名。ジャガーを崇拝し、ヒスイを水の象徴としてあがめたと考えられている。南米全域に影響力を持つ宗教の聖地であったらしいラ=ヴェンタ島とその神殿を有している。

ラ=ヴェンダ島には有名な巨石人頭が4体、ジャガーのモザイク、粘土のピラミッドなどが発見されている。

この小さな島には石材が産しないことからこれらは宗教的な理由で奉納されたものだと考えられる。ある意味ではオルメカは南米のギリシア(とデルフォイ神殿)、あるいは日本における出雲(と出雲大社)と言えよう。


 

【第一エポック遊牧民族の解説】

World Empiresでは各エポックの終了時に「遊牧民族の侵攻」が行われます。

世界の歴史における「農耕民族と遊牧民族の関係」、つまり「時代(エポック)の終焉」をもたらす”ターミネーター”としての遊牧民族の歴史上の役割を示すものです(ゲーム的には地図をクリアにしてプレイをリセットするという役割もあります)。


□ヒッタイト□

紀元前2000年から強力な国家を建築したヒッタイトは古代の有力な遊牧民族で、エジプトと中東(地中海沿岸)の覇を競い何度も戦っています。

当時は青銅器が主流な中で、強力な鉄器の武器を製造する技術を持ち、非常に恐れられました。鉄器を製造する技術はヒッタイトが滅亡するまで秘密にされました。

本来なら「帝国」に含めても良いヒッタイトで、ルール的にも「ターンの最後に動く」ルールのため歴史的にも微妙な動きになりますが、名前まで消すのは忍びないという事で遊牧国家の一番手にエントリーしました。


□スキタイ/匈奴□

紀元前8世紀ごろから興隆したと考えられる遊牧騎馬民族国家で、ギリシアの学者ヘロドトスの『歴史』にもしばしば取り上げられている。

匈奴との文化的なつながりも指摘され、中央ユーラシアが文化や通商でつながっていた事を示す証拠と見られるようになった。

なおスキタイは民族と考えられがちだが、実際にはギリシア系スキタイ(黒海沿岸都市に在住するギリシア系移民でスキタイ国家に属するもの)などの存在もヘロドトスは明記している。

 

匈奴は中国に恐れられた遊牧騎馬民族。

秦や漢をたびたび打ち負かしたり、協力して旧帝国を打ち倒したりしている。

前漢時代には漢から貢物を受け取っていたし、三国志では袁紹や曹操との激戦が記録されている。匈奴の文化や風習については司馬遷が書き記している。


□アーリア□

紀元前2500年頃からアーリア人は黒海沿岸を通じて、中東とインドに侵入した民族で「アリア」とはサンスクリット語で「高貴な」を意味する。

ペルシア人の祖であると考えられ、民族としての連続性はともかく「イラク」という名前も「アーリア人の国」の意があることからも連続的に捉えられている。

ナチスの人種差別政策の根拠として位置づけられた事で有名。ゾロアスター教の信奉した。


□海の民□

地中海を席巻したとされる海洋蛮族。

「地中海版スキタイ」という趣がありフェニキア人のような海洋民族を中心に、ギリシア人や、エトルリア人、シラクサ人などが含まれていたとされる。

ミノア(エーゲ)文明を滅ぼしたという通説があり、またエジプトに幾度も侵攻を繰り返した……個人的には「勃興前のギリシア」が主体だったのかもしれないと思っている(確立前のギリシャは「蛮族同士が戦う修羅の国」とメソポタミア側の記録には残っているからだ)。

ちなみに海上の治安が確立しない時代においては「通商に失敗すると海賊になる」という事はたびたびあった、後の「倭寇」なども海賊行為でも知られているが実際には「交易商だった(でもあった)」という話もある。


以上が第一エポックに登場する国々のリストと説明になります(長いね、次からは半分くらいで分けましょう)。

まあ、こういったことはゲームのプレイには関係が無いのですが盤上で動いていく『物語』を楽しむ素材になります。

 


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