コラム「この夏の話」『官僚主義しか問題が無い』日本の善悪と良否

善悪ではなく良否という視点との兼ね合いを。

 

【この夏の話】

この夏は例年よりも少しキナ臭い夏になった。

 

「きな臭さ」の原因が何処にあるかは今の段階ではわからない、「火の無い処に煙は立たず」しかし『臭い』はケムリの一歩前の段階だからだ。

 

【目の前にある問題】

「ケムリが立つ前で、何処にあるかはわからない」そういう問題でも目の前にある問題には違いがない。

 

問題はそれが目の前にある事を認められない事だ。

「「国家」とつけると他人ごとに聞こえるが「戦略なき官僚主義」が常軌を逸した判断を積み重ねる事を強いるのが実態だ、ポピュリストがなにか出来るというのは幻想だ(例えば小泉元首相ができたのは「一部自由化」で、殆どの地方の首長はなにも成せずに終わる、チプラスでさえユーロ圏からの離脱は決断していない)、これは現在も、しかも日本の官民至る所で継続中の問題であるように僕には見える。

 

ナチスも官僚主義国家、国家社会主義国家で共産主義とは別のタイプの計画主義、社会主義国家だが、党の独裁と強固な官僚主義という意味では二者は似ている。

 

日本には個人による独裁はない(東条は戦争末期に「退陣」している)、問題は「有事に必要なリーダーシップさえ」止めてしまう強固な官僚主義だ。」

 

これはニュースピックで投じたコメントだが、官僚主義が世界の大きな問題(issue)である事は間違いない。

ここでは『日本では強固な官僚主義だけが問題』と書いているが、そこにはもっと大きな問題がある。

 

【独裁の無い世界】

独裁というと「悪」というパターン化した認識があるように思う。

 

しかし、共和制にしろ民主制にしろ現在存続する国家は「独裁(独断)」の必要性を認識して、それを「集団での決裁」と上手く組み合わせた国家だけだ。

 

王政を忌避した共和制ローマでさえ、「独裁官」を設置し、有事に対する決断のスピードを確保している。

 

問題は常にバランスであり、上で指摘した「日本には独裁はない」という事は必ずしも「日本の良性」を意味しない。

 

むしろ「バランス」を考えれば悪く言えば「一輪」、少なくとも「選択肢の少なさ」の危険性は強く指摘されてしかるべきだ。

 

日本の統治(これは政治だけではなく、企業などの民間でも同じ)の課題はむしろ「間違った判断でも、誰も正せない」事、そして「それが正しく(正しそう)ても誰も賭ける事ができない」事だろう。

 

『戦略』という言わば『神の意志』を尊重せず、各所でそれを「打ち消してしまう」文化が結果として「見栄えの良い作文」に彩られた戦争への道を選んでしまったのだろう。

 

西欧が時に「悪しき」善意に突き動かされる事は事実であり、その被害は甚大だ。

時にそれは「独裁者」という形をとって顕在化する事もある。

 

これはしかし彼らが「単に愚かだ」という事を意味しない。

彼らには「一定のコンセンサス」があり、特に有事には「リーダーへ権限の付託の必要性」に明快な共通認識がある事の裏返しにすぎない。

 

日本の課題は「官僚主義だけ」だ。

ただしそれは必ずしも日本の「進歩」や「良性(優秀性)」を意味しない。

むしろ「最悪の官僚主義」の現れ…なのかもしれない。

 

 

via PressSync

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